-現生人類の起源- 
                                             第26回

 縄文・三内丸山遺跡訪問記を書くために、縄文時代について調査すると謎と言われる事が多数あり、順次触れていくのは楽しみである。なかでも縄文人の足跡が世界中に認められていることは、その移動手段がなにであったかと云うことと共に大変興味有ることと考えた。今回はひとまずそれは置いておき、「現生人類の起源」を遡ることにした。人類の始まりは古代史の始まりであるから、そこを抑えておけば、その先は自然史の世界で人間は登場しない。それ以上古いことはないわけであるから「古代史で遊ぶ」の範囲はそこで頭が決まり、あとは好みに従って自由自在に遊べるという考えである。

 人類は大きくは、猿人→原人→新人(ホモ・サピエンス)の順に進化してきたと考えられている。生物の分類上の最も大きな枠は「界」で「動物界」「植物界」などに分類される。「界」はいくつかの「門」に分かれ、ヒトは脊椎動物門・哺乳類に属する。哺乳類は「綱」に当たり、さらに「目」の霊長類(霊長目)が来る。「目」の下が「科」で「ヒト科」となり、次が「族」「属」で「ホモ属」、分類の最後が「種」で「サピエンス」、通常属名と種名で生物を表すために、ヒトは「ホモ・サピエンス」とよばれる。ヒト科(ホニミド)にはヒト族とその近縁種(原人・猿人など)が含まれるとされ、チンパンジーは別の科に分類されていた。しかし近年、ヒトとチンパンジーには遺伝的な違いがほとんどなく、別の科に分類すべき根拠も無いに等しいことが明らかになったため、昨今では多くの生物学者がチンパンジーもヒト科に含めている。
「ヒトとチンパンジーが共通の祖先から枝分かれしたのはどのくらい前のことか」に答えるために、
2006年ヒトとチンパンジーのゲノム配列が比較された。従来、主に化石の記録からの推測で、この枝分かれは700万年ほど前に起きたとされていた。ゲノムの研究による発見は通念と異なり、チンパンジーとヒトの分れた時期はより最近で、630万年前か、おそらくそれ以降であると出た。さらに、二つの種間で多数の染色体の遺伝子配列を比較した結果、チンパンジーとヒトの分岐のタイミングは一つではないらしいということもわかった。常染色体の遺伝子配列の比較と性染色体Xの配列比較の場合で、分岐時期に差のある結果になるのだ。この食い違いは、ヒトとチンパンジーの祖先は一応、分岐はしたが、その後もしばらくは互いに遺伝子を交換し合っていた。つまり、ヒトとチンパンジーの祖先は別の種に分かれた後も、約百万年もの間、交配を続けていたということだ。アフリカの霊長類の間では、異種交配と言うのは実は特に珍しいことではない。自然環境の変化など生物と生態系のあいだの複雑な相互作用の結果として、起きているものであるらしい。

 さて、最新のゲノム解析の成果の話題から一転して、話は20世紀初頭のクラシックな古人類学にバックする。いわゆる猿人として探し求めるべき生物は、類人猿と人間とのあいだの失われた輪として、発達した脳を収める円蓋部の大きな頭骨を持ち、類人猿のような体をしているはずだった。この探求イメージの固定化は、科学史上でもとりわけ奇妙な事件につながってしまった。意図的にイメージに合わせた偽造品に 1912年、イングランドの専門家はまんまと騙されてしまい、ようやく1953年ロンドンの自然史博物館の調査で偽物と判明するまで、偽造品が本物と認められていた。悲しむべきことは、正真正銘の猿人、アウストラロピテクス・アフリカヌスの発見が、偽物の呪縛が1953年に解かれるまでは、正当に評価されなかったことであろう。

  南アフリカの採石場で発見された化石を研究の結果、人類の古い祖先であろうとされ、1925年「ネイチャー」に「アウストラロピテクス・アフリカヌス」という学名で発表された。その後、骨盤の化石の発見もあって、サルではなく人であることがはっきりし、アウストラロピテクス属はヒト属のほんとうの祖先として適切な位置を占めるようになった。しかし、 300万~200万年前に生きていたアウストラロピテクス・アフリカヌス自体は、新しすぎて現生人類の直接の祖先ではない。その候補として有力なのは、1974年にエチオピアで発見されたアウストラロピテクス・アファレンシスで、およそ390万~300万年前に生きていたことがわかっている。その後アファレンシスが火山灰の上を闊歩した時以来、保存されてきた足跡が発見された。その灰は360万年ほど前に降ったものであり、足跡は現生人類のように、爪先と踵で上手に歩いていたことをはっきりと示していた。「アウストラロピテクス」は猿人の属名として広く用いられている、また上に述べた以外の多種類の古人類化石のほとんどは、エチオピア、ケニア、タンザニアにまたがる大地溝帯で見つかっている。この地溝は東西に離れる方向に移動するプレート構造であり、その裂け目では火山活動が続き、人類祖先の死体は一旦火山灰や土砂に埋もれて保存され、地殻変動で再び押し上げられて地表に出てきて化石として発見されたことになる。

 ヒト属(原人)は200万年以上前にアウストラロピテクス属の一つから進化したと思われる。最古と認められているのはホモ・ハビリスであり、1964年タンザニアで発見された。「ハビリス」という名前は「器用な人」の意味で、骨のそばに石器(道具)があったからだ。その後、似たようなタイプが他でも見つかり、それらを含めるとおよそ240万~150万年前の範囲に収まる。180万年前頃から「エレクトウス・グレード」と呼ばれる多様な原人が出現し始めた。身長・体格は現生人類に似ていて、脳は着実に大きくなっている。この進化の途中で原人は火を使うことを覚えた。その頃ホモ・エレクトウスはアフリカを出て、ヨーロッパやアジアに生活の場を広げていった。ジャワ原人や北京原人はその例である。ただし、アフリカから各地に拡散した原人はいずれも絶滅してしまい、現生人類には繋がっていない。猿人から原人の過程、原人から新人に至る過程のいずれでも、いくつもの種の人類が誕生し、そして絶滅したことが分かって来た。ネアンデルタール人も絶滅した新人の一例である。

 祖先を遡って辿るのはひとつの系統としてつながっているが、人類進化の道筋を古い方から現在へと辿るのはそう単純ではない。そこには幾世代もの長い進化と淘汰の中間過程を経て生じたギャップが存在する。祖先に遡るために世界各地の人間のミトコンドリアDNAを比較して、母系の祖先へと辿る比較研究(1987年)の結果は、現世界のすべての人の祖先は、20万年ほど前にアフリカで生活していた共通の祖先にたどり着くというものであった。Y染色体の比較で男系の祖先を辿っても、同じような結果が得られた。さらに、2003年エチオピアの約16万年前の地層からホモ・サピエンスの化石が発見され、これが今まで見つかっている中では、現生人類の祖先の最古の化石と認定された。

 アフリカで進化した大きな脳を持つ現生人類の祖先は、およそ10万年前にアフリカを出て、数万年前までに世界各地に住みつくようになった。その移動した軌跡のパズルを解く鍵は、各地に点在して残る遺跡と祖先の系列を示すDNAである。おおよその道筋は、まず北アフリカからシナイ半島を通りレバント地方に到達した。そこからインド洋に沿って東に移動した一群は、インドからインドシナ半島を通り、約6万年前にはオーストラリアに到達した。ヨーロッパへ到達したのは約5万年前、シベリアからベーリング海峡をアラスカへ渡ったのは2万数千年前、南米のチリに到達したのは1万数千年前であった。日本列島へは4万〜3万年前に到達したとみられている。過去4万年の間のどこかで、ホモ・サピエンスは農業を発明した。やく1万年前、いわゆる「新石器革命」の頃には、考古学に現れるほどの規模で農業が行われていた。現在知られているうちで最古の都市もみな約1万年前のものだ。書き言葉は少なくとも5千年前にはあったことが知られている。

 ミトコンドリアDNAを解析した結果、日本人の祖先グループは主に16のグループに分類された。日本人の40%を占めるグループは朝鮮半島や中国東北地方でも30%を占める。このグループは3万5千年以上前に東アジアで形成されたと推定され、アジアの広い地域に存在していて、日本にはいろいろな時期に異なる経路から入ってきたと考えられる。最も古い時代に南と北から日本に渡ってきた2つの祖先グループが、縄文人のなかのある部分を構成している。そして在来系の縄文人と渡来系の弥生人の混血によって、現在の本土日本人が成立していったのである。

 さて1万年前から以降はどうかと言うことであるが、進化の時間のスパンだと「現代」ということになってしまう。エジプト人、ギリシャ・ローマ人、漢人、縄文・弥生人はこの尺度では古代の人間とはいえない。電気・ガス・交通手段などの現代文明の恩恵を受けていることはないが、それ以外は現代に生きている人間(現生人類)と大して変わりはないのである。人類学あるいは古生物学では「古代」の目盛が違うことを考えれば、史学の言う古代史をたかだか1万年のことと軽く扱うことに抵抗を覚えなくなり、自由自在に遊べる余地が広がったように思われる。

文献 1)ザ・リンク-ヒトとサルをつなぐ最古の生物の発見
           コリン・タッジ(柴田裕之 訳) 早川書房(2009)
   2)いのちの起源への旅・137億年 前田利夫 新日本出版社(2011)
(岡野 実)
   


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